伊藤啓子【2008年スイス連邦ヨーデルフェストinルツェルン報告】

3年毎に開催されるスイス連邦ヨーデルフェスト、3年前のアーラウでの大会に引き続き、
今年6月、ルツェルンの大会に再び参加することができました。
マリーテレーズ・フォン・グンテン先生とグシュティ・シドラ氏のお力添えのおかげです。

大会の一週間前の6月20日、
マリーテレーズ先生のレッスンを受けるためにベルン州のベアーテンベルクに入りました。
少ない日数ですができる限りのことをしたいと、いつにも増して集中して臨みました。
25日の最後のレッスンで、マリーテレーズ先生から
「ケイコ、この曲はとてもよく歌えています。もう練習を終わりにしていいと思います。」
と言っていただき、15分ほど時間を残して、レッスンを終了しました。
先生のこの言葉が、不安だった私に自信を与えてくれて、ルツェルンへ行く心の準備も整ったのです。



先生から心のこもったカードとともに幸運のしるしのてんとう虫のブローチをいただき、
お守りとして、これを胸につけて歌うことができたのです!

26日、いよいよルツェルンに入りました。
ルツェルンはフィアヴァルトシュテッテル湖のほとりの古く美しい街並みです。
駅近くの中央郵便局前の広場には、なんともいえない愛嬌をふりまく大きな牛が人々を迎えてくれています。

街の中心にかかる大きな橋には、すでにたくさんの屋台が並び、
いよいよヨーデルフェストの開幕を今か今かと待っているようでした。
 

大会期間中30万人とも言われる観光客が訪れるルツェルンの街で、1万2千人の参加者が厳しい審査員の審査を受けます。
教会やホテルのホールなどいくつもの会場があるなかで、私は、ルツェルン音楽祭のメイン会場にもなる、
まるで湖にせり出すように立つ立派なKKL(Kultur und Kongresszentrum Luzernの略)の、
それも一番大きなコンサートホールで演奏できることになっていました。
「ここで歌えることは、まるで神さまからの贈り物としか考えられないほどの幸運です、ケイコ!」
とグシュティさんがどんなに喜んでくれたことでしょうか。

会場の下見のために街に出て、大会のチケットブースを訪れたとき、係の男性が
「カイコ・イトですね。私は3年前、アーラウの教会であなたの歌を聴いたんだ。すばらしかったよ!今回もほんとうに楽しみにしているよ!」と
声をかけてくれました。ビデオ撮影係として連れて行った長男がそれを聞いていて、少し母親を見直してくれた様子でした。

大会前日26日の夜は、KKLの中ホールにあたるルツェルンホールで、子どもたちによる民俗音楽の演奏プログラムが組まれていました。
そこに出かけると、以前に日本に演奏旅行にいらしたアコーディオンの名手、ワクターさんご夫妻や、
グシュティさんご夫妻、日本から私たちの応援に駆けつけてくださった上野さんご夫妻と遭遇。
子どもたちといっても素晴らしい演奏に聴き入りました。

27日、いよいよソロ本番の日となりました。
私たちの演奏時刻は、夜8時30分。
私たちがKKLのコンサートホールの雰囲気にのまれないようにとのグシュティさんの進言で、
前もって、他の人たちの演奏を実際の会場で聴くことにしました。
1800人収容のホールは洗練された現代建築でありながら、まるでオペラハウスのような5階建ての客席を備える壮麗なホールで、
本番でいきなりステージに立ったのでは、緊張のあまり歌えなくなってしまったかもしれません。

本番30分前になると、練習場で直前練習ができることになっています。
私と新倉さんもその部屋で少し音を出しましたがなんだか興奮して落ち着かない気持ちのまま舞台裏に案内されました。
そのとき、私は前回大会のアーラウのことを思い出していました。
私の父は3年前、アーラウでの大会から2ヵ月後の8月に亡くなったのですが、私が初めてのヨーデルフェストに参加するためスイスに出発する前夜、
父の病状が悪化して集中治療室に運ばれたことを、私に知らせずに旅立たせてくれました。
そのときの父と母の気持ちを思い出し、今、再びここで歌える喜びを噛み締めながら、スーッと気持ちが落ち着いてきたのをはっきりと覚えています。

舞台袖で、司会者の女性が「今日はあなた方にとって忘れがたい夜になるでしょう!楽しんで歌ってきてください。」と、
にこやかにステージに送り出してくれました。

歌ったのは、マリーテレーズ先生の作られた曲「神に感謝します!Mir s?ge Dank! 」です。
歌い終わったとき、一瞬の沈黙のあとに、割れるような拍手と歓びの声、
そしてホールを埋める聴衆がスタンディングオベーションで私たちを祝福してくれました。
新倉さんと二人、鳥肌の立つような思いを初めて経験しました。

楽屋口から会場を一旦出て、再びホールに戻って続きの演奏を聴こうとしたのですが、
私たちの演奏を聴いて会場を出てきた人々に次々に呼び止められ賛辞を受けるので先へ進めず、
結局、戻れないままにその日の審査は終了してしまいました。

翌日も、ルツェルンの街を歩いていると、「昨晩のあなた歌を聴いたよ!」と言われたり
「すばらしかったからもう一度ここで歌ってくれないか」と取り囲まれて、湖のほとりでもう一度参加曲を歌った一コマもありました。
これがヨーデルフェスト、みなが分け隔てなく音楽を楽しむお祭りなのです。

最終日はフェストの終わりを告げるパレード。
それに先立ち審査結果の速報が売り出されます。
今回も前回に引き続き、エアステクラス(最高クラス)をいただけました。(上から3番目)

北川さんと参加したデュエット部門は、惜しくもツバイテクラスでした。
デュエットでは、気持ちを合わせて練習を積むということの難しさをよくよく学びました。

パレードの様子は、写真レポートをご覧ください。素晴らしい晴天に恵まれ、これぞお祭り!でした。
パレードの最後の山車は、大会を運営したルツェルンの委員会の列でしたが、
私たちの演奏のときに紹介してくれた司会の女性が、新倉さんと私に、大きな真紅のバラを一輪ずつ渡してくれました。
この方の明るく優しい笑顔も忘れられない思い出です。

(左から2番目の女性が司会の方です)

その夜、マリーテレーズ先生のご主人の妹ご夫妻と、姪のご夫妻のお招きを受けました。
ご家族そろって私のソロのパフォーマンスを聴きに会場に足を運んでくださったのですが、
先生の姪にあたるクリスティーネさんが
「あのホールは音響がすばらしいので、良い音も悪い音もそのまま会場全体に響かせてしまうのですが、
あなたの声が発せられたときに、美しく言葉が響いてマリーテレーズそのものの響きがしたのよ!」
と言ってくださいました。

新倉さんも私も、こんな得難い経験を2度もできたのですから、
スイスのすばらしい音楽や文化を日本のみなさまにもっと広く伝えて行く責務を負っていると思っています。
これからも、みなさまに楽しんでいただけるコンサートを続けられるように、メンバー一同がんばりますので、
どうぞスイスアンサンブル・エンツィアンを応援してください!